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源氏は空蝉(うつせみ)と再び逢う機会を狙っていた。空蝉の夫も息子も不在となったある夏の暑い日、空蝉の弟の手引きで空蝉の家に再び赴き、義理の姉妹が囲碁をしているところを覗いている。
さて向かひゐたらむを見ばや、と思ひて、やをら歩み出でて、簾のはさまに入りたまひぬ。
簾の間に入って垣間見ている源氏
この入りつる格子はまだ鎖さねば、隙見ゆるに、寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屏風、端の方おし畳まれたるに、紛るべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。
部屋の様子の描写ですね。暑いので風通しが良くしてある。垣間見のチャンスだ。
火近う灯したり。母屋の中柱に側める人やわが心かくると、まづ目とどめたまへば、濃き綾の単衣襲なめり。何にかあらむ表に着て、頭つき細やかに小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、差し向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。
目をとどめたのは誰か。「わが心かくる(人)」中柱の側で3頭つきが小さくて顔を隠し痩せている。
いま一人は、東向きにて、残るところなく見ゆ。白き羅の単衣襲、二藍の小袿だつもの、ないがしろに着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭つき額つきものあざやかに、まみ口つき、いと愛敬づき、はなやかなる容貌なり。髪はいとふさやかにて、長くはあらねど、下り端、肩のほどきよげに、すべていとねぢけたるところなく、をかしげなる人と見えたり。
もう一人は源氏から良く見える。ん?胸をあらわに!あざやか、はなやか、ねじけたところがない。
中略
囲碁の後、空蝉と軒端荻は一緒に泊まっている。そこへ源氏が忍び込んできた。
碁打ちつる君、「今宵は、こなたに」と、今めかしくうち語らひて、寝にけり。若き人は、何心なくいとようまどろみたるべし。
若い軒端荻は無邪気に寝てしまった。
かかるけはひの、いと香ばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、単衣うち掛けたる几帳の隙間に、暗けれど、うち身じろき寄るけはひ、いとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣を一つ着て、すべり出でにけり。
けはいを感じたのは、寝てないほうの空蝉ですね。みじろき寄ってくる気配。単衣ですべり出た セーフ
君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心やすく思す。床の下に二人ばかりぞ臥したる。衣を押しやりて寄りたまへるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、思ほしうも寄らずかし。
源氏が入ってきた。女が一人寝ている。女房たちもいるようだ。「ありし気配」よりものものしく思った。
いぎたなきさまなどぞ、あやしく変はりて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれど、「人違へとたどりて見えむも、をこがましく、あやしと思ふべし、本意の人を尋ね寄らむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ」と思す。かのをかしかりつる灯影ならば、いかがはせむに思しなるも、悪ろき御心浅さなめりかし。
やうやう見あらはした。「人違いはをこがましくあやしい。本意の人は、逃げる心あるので甲斐が無い」
やうやう目覚めて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、何の心深くいとほしき用意もなし。世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは、さればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず。
ここから先、ちょっと難しいですね。軒端荻の様子や感じ方についていっているようです。「あさまし」驚く「用意なし」心の準備がない
我とも知らせじと思ほせど、いかにしてかかかることぞと、後に思ひめぐらさむも、わがためには事にもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを、いとよう言ひなしたまふ。たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若き心地に、さこそさし過ぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。
この部分は難しい
憎しとはなけれど、御心とまるべきゆゑもなき心地して、なほかのうれたき人の心をいみじく思す。「いづくにはひ紛れて、かたくなしと思ひゐたらむ。かく執念き人はありがたきものを」と思すしも、あやにくに、紛れがたう思ひ出でられたまふ。
なお、かの人空蝉を思う。
この人の、なま心なく、若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情け情けしく契りおかせたまふ。「人知りたることよりも、かやうなるは、あはれも添ふこととなむ、昔人も言ひける。あひ思ひたまへよ。つつむことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。また、さるべき人びとも許されじかしと、かねて胸いたくなむ。忘れで待ちたまへよ」など、なほなほしく語らひたまふ。
かようなるは、あわれも増す。こころのままにできない身の上なので、忘れないで待っていてください。とかよく言うよ
「人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ、え聞こえさすまじき」とうらもなく言ふ。「なべて、人に知らせばこそあらめ、この小さき上人に伝へて聞こえむ。気色なくもてなしたまへ」など言ひおきて、かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ。
はずかしい、「聞こえさす」=申し上げる=連絡する
家庭教師がお手伝い 目次>古文の学習>軒端荻
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向かいゐたらむ=囲碁だから相向かって座っているよ。
「ばや」~したい
未然形接続の助詞⇔なむ
やをら=そっと
京都の夏は暑いですからね~たぶん平安時代も。年中十二単衣着ているわけじゃありません。
普段は女性は御簾(おおきなすだれ)と几帳(もちはこびカーテン)と屏風(これを知らない人も有るようだけれど、田舎の家には今でもありますよ。折りたたみつい立てかな)に囲まれて男の視線の届かないように生活していた。それが、暑さ対策で一部片付けてあった。
「紛る」(まじって)見えなくさせる。 「紛るべき几帳」の「べし」は「はずの」とでも訳すか。
火近くともしてある。「母屋の中柱に側める人」が「わが心かくる(人)」か(や=疑問)、と「まづ」目をとどめる。
源氏がこころをかけているのは空蝉です。
そばむ=横を向く、桐壺冒頭に「あいなう目をそばめつつ」と出てきました。
わざと(態と)=わざわざ、ことさら
みゆ=見ると違って、自発可能受身の「ゆ」がついているので、見える、見られるなどの意
女性同士でも顔を見せないのですね~
いま一人は、、軒端の荻
胸あらわなのは、ばうぞく(たしなみが無い)らしい
肥えているのは、、、よい評価。
愛敬つき=愛らしい
そそろか=すらっとして
空蝉は「ものげなき=たいしたことない」と評価されていたのに、軒端荻のほうが描写が高評価な感じがしますね。
ところが、後でも出てくるように、源氏にはそうは見えていない。空蝉一本。
碁うちつる君、軒端荻も気楽に泊まってくれますね。
今めかしく語らうって、どんなんやねん。
「かかる気配」いきなりこのような気配って、どのようなやねん。「かくて」「そうして」のような指示対象があるわけでない使い方なのかな。
とにかく源氏が入ってきたとはわかる。
「匂ふ」ので顔をもてあげる。「気配が著し」単衣で滑り出るのは誰か。軒端荻はぐっすり寝ていると後にあるので、気付いたのは空蝉。
軒端荻はアウト
君は入りたまひて
何も知らない源氏は意中のひと空蝉と思ったわけです。
女房たちも近くで寝ている。雑魚寝の中で。。。。
衣を押しやり=さすがに裸では寝てない。
「ありし=以前の」というのは、一度、忍びこんで関係しているので、源氏が知っているわけです。
「ものものし」
軒端荻の描写からすると当然。
「思いも寄らない」光源氏
いぎたなし=寝(い)汚し
見あらわす=見・顕すで、分かったということでしょうね。
しかし源氏は考えた。
「人違いと見えるのはをこ(愚か)で怪しい。
本意の人(意中の空蝉)はこれほど逃げる心があるようで、甲斐が無い」
「いかがはせむ」どうしようか・うーん・どうしようもない(反語)
「わろし」良くない。語り手の意見だな。
やうやう目覚めたのは当然軒端荻
あきれ=呆然
用意が無い=こころの準備がない。
世を知らない=男女のことを知らない。
「より」ここでは比較かな
「さればむ」=洒落ばむ
「あえかにも思ひまどわず」弱弱しく思い悩まない
この部分は難しいですね。
つらし=ひどい
あながち=強く・一途に
つつむ=かくす・はばかる
とにかく、「さすがにいとほし=気の毒」なので「方違えにことつけた」ことを「言いなした=ことさらに言う」つまり軒葉荻にあなたが目当てで方違えしてわざわざ来たと言い・そうした
「にくし」現代語よりは軽い
源氏はなお、かの人を「いみじく」思す。当然空蝉を。
いづくに紛れて=隠れて
目の前のこの人=軒端荻も「あはれなれば」
契り置く=つまり、約束をするわけですね。
「人知りたるよりも、このような」関係は、昔の人も「あはれが添う」と言ってたよ。
「つつむことなきにしもあらねば」はばかることがないわけではないので。
「心にもえまかすまじく」こころのままにまかせることができない。そういう立場なんです自分は、みたいな~
忘れないで待っていてくれ
「聞こゆ」きこえる、謙譲語の申し上げる、耳に入る、→連絡する→手紙をさしあげる
「うら」こころ(うへ表面に対して裏)「うらがなしい」とか現代でも使う。「うしろ」も似たような使い方をする。「うらもなし」なので、単純。源氏にだまされた軒端荻。