夕顔 その3

やっと鶏が鳴く
惟光が着いたのは明るくなってからだった。源氏は涙をとどめることができなかった。

気持ちをおちつけた。が、頼りにしていた僧侶は昨日比叡山へ帰ってしまったという。

 惟光は夕顔の死因を不審には思った。「白い顔をしていたのは、病気だったのだろうか。源氏ではなくて身分相応の自分が夕顔とつきあっていれば、こんなことにならなかったかもしれないのに。」

 右近が夕顔をつれて帰りたいというのを源氏はとめた。
  うわさになると、源氏が浮気の報いを受けたと、都の人や帝の笑いものになる。

だが、惟光は今、源氏の悲しみを見るにつけ、自分が始末をつけてやらねばならないと思う。惟光は知識を持っていた。東山の山寺ならば秘密に事を 処理できる。

源氏は十七惟光も十七、夕顔は十九だった。

惟光の馬に死体を乗せた。力弱くなった源氏に変わって、すべて惟光が取り仕切った。

「怪しまれないように早く自分の家に帰りなさい。」と惟光

 二条にある自宅に源氏が帰ると、「どうして一緒に送って行かなかったのだろう、もし生き返ったらかわいそうだ」と、胸がせき上げてくる。

折しも頭の中将がやってくる。「お休みになってどうしていたのですか、帝が心配していますよ。」
「穢れに触れましたので、しばらくお休みをいただきます」と言い訳をする。
「どのような穢れなのですか」
源氏は胸がつぶれる。

 「どうしても行きたい。」怪しまれるからやめるように言う惟光を押し切った。最期の対面に源氏は山寺に出かけた。板が張られている粗末な寺だった。まだかわいらしいなきがらが寝かせてある。源氏は声も惜しまず泣いた。僧侶達や惟光ももらい泣きをした。

 右近はずっと泣いている。「考えてみますと、五条のあの家に帰っても奥様のお亡くなりになった事を説明のしようがございません。こんなにも悲しいのに、召使として責められるのは辛い。」
「世の中、安定しているものは何もない。悲しみは、皆同じです。」行くあてのない右近をなぐさめて源氏は自分の召使にする。

 帰り道、源氏は馬からすべりおちてしまう。
  道端で、泣いたまま、足腰が立たなくなってしまう。
「私もここで死んでしまいたい。」
  惟光と清水寺(きよみずでら)に向かってひたすら拝む。
  そして、やっとのことで家に帰る。

それから、源氏は、長い間、重く患って、伏せった。

おこたり果てたまひて、ながめがちに、ねをのみ泣きたまふ

一月余りで、喪が明けた。同時に病も終わった。やせた源氏の姿はかえって優美だったが、やはり泣いてばかりいた。

 源氏は召使にした右近とやっと話ができた、

  夕顔はやはり常夏の女だった「奥様は頭の中将様を通わせておられました。ふたりの三年のつきあいの後に娘がうまれました。それを知った頭の中将様の奥方様から「お前なんか呪い殺してやる」とたびたび言われたのでございます。奥様は気の弱いお方でございましたので、逃げ隠れるように過ごし、山にこもりたいともおっしゃっておられました。
  源氏様とおつきあいするようになりまして、源氏様のことをたいそうお好きなようでございました。奥様は歌を詠む以外は、恥ずかしがられて余りお話にならないので、傍から見ていた私ももどかしゅうございました。」
  「源氏様が素性を隠すのは気持ちが本気ではなく、きっとあそびだからではありますまいか」、と夕顔は悲しんでいたのだという。


話は先を飛ぶ。
  夕顔の五条の家でも夕顔と右近を探してはいたが、元々仮の住まいなので真剣ではなかった。
  夕顔と頭の中将の娘は西の京に預けられた。、玉鬘と言った。あの頃、お母さんが来なくなったので泣いていたという。まもなく、筑紫の国へ貰われて行った。
  五年後、六条御息所は生きたままの幽霊すなわち生霊となって、源氏の本妻である葵の上を取り殺した。
  そして十五年後、頭の中将は右大臣家のトップとして、光源氏のライバルになっていた。そしてこちらも常夏の女すなわち夕顔がすでになくなっているのもしらず、夕顔と娘の玉蔓を探していた。
  右近もいまや古株の女房となって源氏に使えていた。
35才になった源氏は夕顔の事を少しもわすれていなかった。
  年月隔たりぬれど、飽かざりし夕顔を、つゆ忘れたまはず

 新しい物語はここから続く

源氏物語より一部をお耳にいれました。次回は朧月夜の予定です。